日清戦争勝利記念切手の買取り相場はいくらなの?

日清戦争勝利記念切手を売ることを検討しているのなら、まずは買取り相場をチェックしてみましょう。

明治29年(1896年)に発行された日清戦争勝利記念切手は、日本切手カタログを見ると2銭が10,000円、5銭が25,000円の価値を付けています。

シート(100枚)になるとさらに高くなり、2銭で120万円、5銭で280万円の価値があることが分かります。

日清戦争勝利記念切手をネットオークションで売るケースだと、最高値は4種類全てのセットで12,500円で売ることができています。

最安値となっているのが、2銭1枚で1円でした。
最安値の方は使用済みで切手全体に消印が付いてしまっていることから、大きく価値が下がってしまったのではないかと考えられます。
一方、最高値に関しては4枚セットであり、しかも未使用品です。
若干日焼けしている部分も見られますが、保存状態は悪くないことから高値で売ることができています。

どうしても消印が付いている使用済み切手は価値が下がりやすいですが、逆に消印の日時や場所が珍しいと価値が付く可能性もあるので、消印が付いているものだからと言って諦めるのは早いです。

もちろんこれらの値段は目安に過ぎません。

安定した高値で売るのなら、やはり専門知識が豊富な査定員のいる切手買取り店に見てもらうのがおすすめです。
無料査定に応じてくれるので、買取り額に満足なら売ることを考えてみましょう。

日清戦争勝利記念切手の特徴を徹底解説

日清戦争勝利記念切手は、明治天皇銀婚記念切手に次いで2番目に発行された記念切手です。

1894年から1年間続いた日清戦争に日本が勝利し、記念として作られました。
また、記念切手だけではなくこれまでに発行された全ての日本切手の中で、初めて肖像が用いられた切手でもあります。

そこに描かれているのは、有栖川宮熾仁親王と北白川宮能久親王の2人です。
有栖川宮熾仁親王は日清戦争において、広島城内に設置された大本営で参謀総長という大きな役についていました。

しかし、地域で腸チフスが流行り有栖川宮熾仁親王も発祥してしまいます。
静養に入り一時は症状も落ち着いてきたものの、1895年に悪化してしまい、薨去されています。
北白川宮能久親王は、1893年より大日本帝国陸軍の第4師団長となり、日清戦争では台湾征討近衛師団長として現地に出征していました。
しかし、その現地でマラリアに罹ってしまいます。

結局台湾全土が平定される間際、台南市で薨去されました。

2人はいずれも日清戦争中に薨去されています。
日清戦争勝利記念切手は戦争に勝利したことを記念するためだけではなく、2人への追悼の意や皇族の功績を示す意味も込められた特別な記念切手なのです。

それぞれの発行枚数は、2銭が1,000万枚、5銭が210万枚となっています。
2銭の発行枚数は比較的多いものの、5銭は約5分の1しか発行されていません。
そのため、5銭の方が額面だけではなくプレミアム度も高いことが分かります。

日清戦争勝利記念切手を高値で売るコツ

日清戦争勝利記念切手を高値で売るなら、できるだけバラではなくセットにしてまとめて売った方がおすすめです。
日清戦争勝利記念切手は2銭と5銭の2種類がありますが、絵柄は有栖川宮熾仁親王と北白川宮能久親王で異なるため、全部で4種類存在します。
バラよりもセットの方がコレクター人気も高いので、もし4枚揃っていればまとめて売る方が良いでしょう。

また、高く売るのなら切手買取り店に鑑定してもらうと良いでしょう。
こういったお店なら知識と経験を踏まえた上で正しい価格査定を実施してくれます。

訪問査定や宅配買取りに対応しているお店も多いことも魅力です。